by karasuko | 17:01

9月17日に公開されるスタジオジブリ最新作『レッドタートル ある島の物語』は劇中、セリフが一切出てこない。「絵に力があれば言葉はいらない」と主張する鈴木敏夫プロデューサーと、「初めは観客に受け入れられるか不安だった」というマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督が、人間と自然が織り成す壮大なる“無言劇”について思いを語ったそうだ。

映画の誕生はフランスのリュミエール兄弟が、制作した汽車が走る映像を1895年3月にパリで公開したことから始まる。

汽車がまるで迫ってくる模様を観客は目にして、驚き逃げ出した人もいたようだ。

しばらくして、シナリオ(ドラマ性)、劇が導入されたが暫くは無声映画いわゆるサイレントの歴史が続いた。

映画に音が入ったのは(トーキー映画)1920年代後半で、浸透していったのは1930年代だそうだ。

日本映画においては、当初、いわゆるナレーションが映像が流れゆく中で弁士と呼ばれる語り人がいた。

従って、映画の根本は、「画」で語るということである。

それに対して、テレビドラマは元々、ラジオドラマであったため、台詞が大変多い。

その理由は、奥様が台所で何かをしてても台詞だけで内容がわかるということを主軸においているからだ。

橋本留美子の原作の「渡る世間は鬼ばかり」は台詞だけで10ページは費やすと言われる。

故に、我が母校、大阪芸術大学映像学科の教授曰く良い映画とは「音を消しても面白い映画」だそうだ。

その挑戦をして成功したと言えば、北野武が1991年に制作した第三作目の作品「あの夏、いちばん静かな海。」である。

この映画は、耳が聞こえないカップルがサーファーを楽しむという内容の映画で、お互い耳が聞こえないため、ほとんどが、台詞ではなく画で物語を語っている。

画で語ろうと思えば、構図、カメラワーク、情報量、また演技など様々なことを注ぎ込まなくてはならない。

まさに私は、この挑戦をして成功を果たした北野武は映画監督として天才であると私は思う。

映画は昨今、3Dなどで迫力ある映像を求めゆく傾向があるが、元々良い映画とは2Dであってもその世界に入り込むことができるというのが良い映画ではないかと思う。

私も大学一回生の時、大学の授業でサイレント映画を製作した。

カメラマンとして臨んだ。

皆初めてのフイルムを使った映画作りであったため、難しいものであり、試行錯誤であったが、この授業を最初、課題として学生たちに臨ませたのが、このサイレント映画にこそ、映画の原点があるからである。

その映画の原点の今再び挑戦しゆく9月17日に公開されるスタジオジブリ最新作『レッドタートル ある島の物語』に期待したい。

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